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最高裁判所第二小法廷 平成元年(行ツ)99号 判決 1991年3月08日

上告人・附帯被上告人

熊川好生

右訴訟代理人弁護士

阿部三郎

中利太郎

被上告人・附帯上告人

宇田川功

右訴訟代理人弁護士

小川彰

高綱剛

齋藤和紀

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄し、第一審判決中右部分を取り消す。

前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。

本件附帯上告を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人阿部三郎、同中利太郎の上告理由第一点について

一  原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  河川法適用の一級河川である境川は、旧江戸川から分岐し、浦安市市街地部分(約二キロメートル)、第一期埋立地部分(約1.5キロメートル)、第二期埋立地部分(約1.4キロメートル)を経て海に注ぐ河川であり、千葉県知事がその管理権を有し、その管理権の現実の執行は、出先機関である千葉県葛南土木事務所長(以下「葛南土木」という。)が行っている。

2  浦安町(昭和五六年四月一日より市制を施行して浦安市となる。)に所在する浦安漁港は、「大字猫実地先船溜防波堤南端を中心として半径六百五十メートルの円内の海面及び境川取入口中心部を中心として半径百五十メートルの円内の江戸川河川水面のうち千葉県地先分並びに境川河川水面」をその区域内の水域とする漁港法所定の第二種漁港であり、同町が漁港管理者に指定され、その維持管理をし、上告人が同町の町長として右管理権を行使していたが、同法二六条の漁港管理規程(以下「漁港管理規程」という。)は制定されていなかった。

3  境川においては、昭和四九年ころに始まったヨット、モーターボートの河川法所定の許可を受けない不法係留や木杭等の係留施設の不法設置が同五二年ころから増加し、そのため境川を航行する一日約一六〇隻の漁船等の水路が狭められ、船舶の接触、破損等の事故が発生して漁民等からの苦情が多くなり、同五五年五月にその対策を検討する境川ボート調査委員会が浦安町に設置されたが、その当時、境川の第一期埋立地部分に約一三五隻のモーターボートが、第二期埋立地部分に約五〇隻のヨットが不法に係留されていた。

4  浦安町は、昭和五五年六月四日午前一〇時過ぎころ、右の第一期埋立地前面から第二期埋立地前面に至る間に鉄骨様のものが打ち込まれ非常に危険なので早急に対処してほしいとの地元漁師からの通報を受け、直ちに調査したところ、第二期埋立地高洲地先の川幅四三メートルの境川の河心(右岸から約21.5メートルの地点)及び右岸側(右岸から約1.5メートルの地点)に、長さ一二メートル及び一〇メートルの鉄道レールが約一五メートルの間隔で、二列の千鳥掛けに約一〇〇本、全長約七五〇メートルにわたり打ち込まれていて(以下この鉄道レール杭を「本件鉄杭」という。)、船舶の航行可能な水路は、水深の浅い左岸側だけであり、照明設備もなく、特に夜間及び干潮時に航行する船舶にとって非常に危険な状況であることが判明した。そこで、浦安町では、本件鉄杭を直ちに撤去させるべきであるとの意向を固め、本件鉄杭の打設者を捜す一方、従前の境川の管理執行方式に従って葛南土木に対し本件鉄杭の早急撤去方を要請した。葛南土木は、浦安町の埋立工事を所管する千葉県企業庁葛南建設事務所からもその撤去の要請を受けたので、同日その打設者であるサンライズクラブ(権利能力なき社団)の代表者池内慧(以下「池内」という。)に対し本件鉄杭の至急撤去を要請し、池内から翌五日中に撤去する旨の回答を得た。

なお、本件鉄杭の打設は、浦安釣船協同組合設置の桟橋下流に水管橋が架設されることとなったが、右桟橋等に係留のヨット約七〇隻のマストを立てての水管橋下の通過は不可能であることから、その架設前に右水管橋の下流に右ヨットの係留施設を設置せんとしたためのものであり(本件鉄杭の購入代金は約二七〇万円、その打設工事費等は約一四〇万円である。)、サンライズクラブは既に多数の会員に、右ヨットを同月七日及び八日に一斉に移動させ、本件鉄杭に係留することを通知しており、浦安町は、右ヨットの移動計画を葛南建設事務所から聞知した。

5  浦安町は、同年六月五日、池内の前記回答どおりの同日の本件鉄杭の撤去につき調査したが、右撤去実施の様子は全く認められなかった。上告人は、船舶航行の安全及び住民の危険防止の見地から本件鉄杭の強制撤去を葛南土木に強く要請したが、同月八日以前の撤去はできないとのことであったので、千葉県当局が撤去措置をとらないのであれば浦安町が独自に撤去する旨を通告し、境川ボート調査委員会を招集して強制撤去を決定し、三井不動産建設株式会社(以下「三井不動産建設」という。)と右撤去工事の請負契約(代金一三〇万円。以下「本件請負契約」という。)を締結した。他方葛南土木は、同月五日午後四時ころ本件鉄杭の同月六日中の撤去を指示する「不法設置工作物の撤去について」と題する文書を池内に交付した。

6  同年六月六日午前八時二〇分ころ浦安町職員らが現場に到着したが、池内の右撤去作業開始の気配がなく、既に三隻のモーターボートが本件鉄杭に係留されていたので、説得して退去させた上、同日午前九時から翌日午前零時四〇分までの間に右職員及び三井不動産建設の従業員によって本件鉄杭が撤去された(以下この撤去を「本件鉄杭撤去」という。)。そのためサンライズクラブの会員は、同月七日早朝ヨットを移動させるため集合したが、その移動を中止した。

7  浦安町は、同年七月二一日、上告人の命により本件鉄杭撤去に従事した同町職員六名に対し合計四万八二七四円の時間外勤務手当(以下この手当を「本件時間外勤務手当」という。)を支給し、同年一二月二六日、三井不動産建設に対し右撤去工事請負代金(以下「本件請負代金」という。)一三〇万円を支払った。

なお、千葉県は、昭和五八年一二月一日付けで浦安町と水門等管理委託追加契約(同五八年一二月一日から同五九年三月三一日までの水門等付近のパトロール業務の委託契約)を締結し、これにより同五九年五月二六日委託費として同市に一三七万九〇〇〇円が支払われている。

二  浦安市の住民である被上告人は、本件鉄杭撤去は、何ら法律上の根拠に基づかない違法な行為であるから、その撤去のための本件請負契約の締結及び浦安町職員に対する時間外勤務命令(以下「本件時間外勤務命令」という。)はいずれも違法であり、上告人(当時の浦安町の町長、昭和五六年四月一日同町の市制施行により浦安市の市長に就任)は本件請負代金一三〇万円及び本件時間外勤務手当四万八二七四円を公金から違法に支出させ、右合計額の損害を浦安町に与えたものであると主張し、地方自治法二四二条の二の規定に基づき、浦安市に代位して上告人に対し右合計額を同市に支払うことを請求した。

三  原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判断した。

1  本件鉄杭撤去の違法性

本件鉄杭の打設された境川水域は、浦安漁港の区域内の水域に属し、浦安町の漁港管理権限の及ぶ水域であるところ、漁港管理規程が制定されていない同町においては、漁港管理者の職責を定めた漁港法二六条の規定があっても、漁港管理規程に基づくことなく、管理権限を当然に行使することができるものとはいえない。しかも、本件鉄杭は、同法三九条一項にいう工作物であるから、不法に設置されたものでも、その除却命令権限は、農林水産大臣の委任を受けた千葉県知事に属するのであって、漁港管理者の管理権限の及ぶところではない。さらに、地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持する地方自治法二条の規定による一般的な権能も、本件鉄杭撤去についての浦安町の権限を基礎づけることはできない。したがって、浦安町がした本件鉄杭撤去は、行政代執行法による代執行としてその適法性を肯定する余地はない。

2  民法七二〇条の規定の不適用

(1)  本件鉄杭を撤去する権限を有する千葉県知事が既に池内に対してその撤去を要請していたこと、(2) 浦安町が本件鉄杭撤去の実施前、直接池内に対し自発的撤去の勧告、説得をしたことがなかったこと、(3) 本件鉄杭が撤去されるまでの間、航行船舶の危険防止のための住民、漁業関係者に対する注意喚起、航行船舶の安全水路への誘導等の措置を講ずることも考えられること、(4) ヨット等の不法係留や係留施設の不法設置に対して従来適切な対策が講じられていなかったことなど、諸般の事情を考慮すれば、本件鉄杭の強制撤去以外に適切な事故防止方法が全くなかったとまではいえず、本件鉄杭撤去について民法七二〇条の緊急避難等の成立は認められない。

3  上告人の損害賠償責任

(1)  本件請負契約の締結は、違法な本件鉄杭撤去を直接の目的とする地方自治法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為であり、浦安町は、本件請負代金一三〇万円の支出を余儀なくされ、同額の損害を被ったものというべきであるから、上告人は、浦安市に対し不法行為による損害賠償として、右一三〇万円及びこれに対する損害発生の日である昭和五五年一二月二六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

(2)  本件時間外勤務命令は、違法な本件鉄杭撤去に従事することを直接の目的として発せられた違法なものであるが、その違法性が重大かつ明白なものとはいえないから、右命令を受けた浦安町職員はこれに従う義務がある。したがって、浦安町は右命令に従って時間外勤務をした職員に対する時間外勤務手当の支給義務を免れることができず、上告人は本件時間外勤務手当の支出を決定し、その支出を命ずべきものであって、本件時間外勤務手当の支出決定及び支出命令を違法とすることはできないから、その違法を前提として上告人に対し本件時間外勤務手当相当額四万八二七四円とその遅延損害金を浦安市に支払うことを求める被上告人の請求は理由がない。

四  しかしながら、上告人に本件請負代金相当額の損害賠償責任があるとした原審の右判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  原審の認定するところによれば、本件鉄杭(長さ一二メートル及び一〇メートルの鉄道レール約一〇〇本)は、昭和五五年六月初め、浦安漁港の区域内の水域である第二期埋立地高洲地先の川幅四三メートルの境川の河心(右岸から約21.5メートルの地点)及び右岸側(右岸から約1.5メートルの地点)に、約一五メートルの間隔で二列の千鳥掛けに、全長約七五〇メートルにわたり打ち込まれたものであり、そのため船舶の航行可能な水路は、水深の浅い左岸側だけであり、照明設備もなく、特に夜間及び干潮時に航行する船舶にとって非常に危険な状況が生じていたというのである。

漁港管理者は、漁港法二六条の規定に基づき、漁港管理規程に従い、漁港の維持、保全及び運営その他漁港の維持管理をする責めに任ずるものであり、したがって、漁港の区域内の水域の利用を著しく阻害する行為を規制する権限を有するものと解される(同法三四条一項、漁港法施行令二〇条三号参照)ところ、右事実によれば、本件鉄杭は、右の設置場所、その規模等に照らし、浦安漁港の区域内の境川水域の利用を著しく阻害するものと認められ、同法三九条一項の規定による設置許可の到底あり得ない、したがってその存置の許されないことの明白なものであるから、同条六項の規定の適用をまつまでもなく、漁港管理者の右管理権限に基づき漁港管理規程によって撤去することができるものと解すべきである。しかし、当時、浦安町においては漁港管理規程が制定されていなかったのであるから、上告人が浦安漁港の管理者たる同町の町長として本件鉄杭撤去を強行したことは、漁港法の規定に違反しており、これにつき行政代執行法に基づく代執行としての適法性を肯定する余地はない。

2  そこで、進んで、本件請負契約に基づく公金支出が違法であり、上告人が浦安市に対し右支出相当額の損害賠償責任を負うかどうかについて、検討を加える。

原審の認定するところによれば、浦安漁港の区域内の境川水域においては、昭和五二年ころからヨット等の不法係留により航行船舶の接触、破損等の事故が既に発生していたのであって、本件鉄杭の不法設置により、その設置水域においては、船舶の航行可能な水路は、水深の浅い左岸側だけとなり、特に夜間、干潮時に航行する船舶にとって極めて危険な状況にあったところ、右状況を知っていた葛南土木においては、浦安町の同五五年六月四日及び五日の二度にわたる早急撤去方の要請にもかかわらず、同月八日以前の撤去はできないとしていたのであり、他方、本件鉄杭の打設者であるサンライズクラブの池内においても、葛南土木の同月四日の口頭による、また同月五日の文書による至急撤去の指示にもかかわらず、撤去しようとしなかったのみならず、同月七日及び八日の両日にわたり池内の指示により約七〇隻のヨットが本件鉄杭に係留されようとしていたというのである。

浦安町は、浦安漁港の区域内の水域における障害を除去してその利用を確保し、さらに地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全を保持する(地方自治法二条三項一号参照)という任務を負っているところ、同町の町長として右事務を処理すべき責任を有する上告人は、右のような状況下において、船舶航行の安全を図り、住民の危難を防止するため、その存置の許されないことが明白であって、撤去の強行によってもその財産的価値がほとんど損なわれないものと解される本件鉄杭をその責任において強行的に撤去したものであり、本件鉄杭撤去が強行されなかったとすれば、千葉県知事による除却が同月九日以降になされたとしても、それまでの間に本件鉄杭による航行船舶の事故及びそれによる住民の危難が生じないとは必ずしも保障し難い状況にあったこと、その事故及び危難が生じた場合の不都合、損失を考慮すれば、むしろ上告人の本件鉄杭撤去の強行はやむを得ない適切な措置であったと評価すべきである(原審が民法七二〇条の規定が適用されない理由として指摘する諸般の事情は、航行船舶の安全及び住民の急迫の危難の防止のため本件鉄杭撤去がやむを得なかったものであることの認定を妨げるものとはいえない。)。

そうすると、上告人が浦安町の町長として本件鉄杭撤去を強行したことは、漁港法及び行政代執行法上適法と認めることのできないものであるが、右の緊急の事態に対処するためにとられたやむを得ない措置であり、民法七二〇条の法意に照らしても、浦安町としては、上告人が右撤去に直接要した費用を同町の経費として支出したことを容認すべきものであって、本件請負契約に基づく公金支出については、その違法性を肯認することはできず、上告人が浦安市に対し損害賠償責任を負うものとすることはできないといわなければならない。

五  以上によれば、上告人に対し本件請負代金相当額とその遅延損害金を浦安市に支払うよう求める被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この趣旨をいうものとして論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は、その余の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、被上告人の右請求は理由がないから、第一審判決中右部分を取り消した上、被上告人の右請求を棄却すべきである。

附帯上告代理人小川彰、同高綱剛、同齋藤和紀の上告理由について

先に説示したところによれば、原審の確定した前記事実関係の下においては、本件時間外勤務命令に基づく公金支出は違法なものとはいえず、上告人に対し本件時間外勤務手当相当額とその遅延損害金を浦安市に支払うよう求める被上告人の請求は理由がないというべきであるから、被上告人の右請求を棄却すべきものとした原審の結論は、これを維持すべきものである。論旨は、右と異なる見解に基づき、又は判決に影響を及ぼさない部分をとらえて原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官香川保一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官香川保一の反対意見は、次のとおりである。

上告人は浦安町(昭和五六年四月一日より市制を施行して浦安市となる。)の町長の地位にあった者であり、本件訴訟は、浦安市の住民である被上告人が、本件鉄杭撤去は何ら法律上の根拠に基づかない違法な行為であるから、上告人が浦安町の町長として、本件鉄杭の撤去のために請負契約を締結し、浦安町の職員に対して時間外勤務命令を発したのはいずれも違法であると主張し、地方自治法二四二条の二の規定に基づき、浦安市に代位して上告人に対し右違法行為により浦安町が被った損害を賠償するよう求めるものであるが、かかる訴えは不適法として却下すべきものである。

すなわち、同法二四三条の二第一項本文後段の「次の各号に掲げる行為をする権限を有する職員」には普通地方公共団体の長も含まれるというべきところ、同項所定の職員の行為により普通地方公共団体が被った損害の賠償請求に関しては、住民が同法二四二条の二の規定により普通地方公共団体に代位して訴訟を提起することは許されないと解すべきであって、その理由は、最高裁昭和六二年(行ツ)第四〇号同年一〇月三〇日第二小法廷判決(裁判集民事一五二号一二一頁)における私の反対意見の中で述べたとおりである。

なお、本件訴えが適法であるとした場合には、私は、本案の問題については、多数意見に同調するものである。

(裁判長裁判官香川保一 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平)

上告代理人阿部三郎、同中利太郎の上告理由

第一点

原判決は、「本件鉄レール杭は池内ないしサンライズクラブの所有に属する財産であり、これを強制的に撤去することは、私人の財産に対する直接かつ重大な侵害となるものであるから、法治主義の一般原則に従い、これを撤去するためには、前述したとおり、その管理権の行使に関する法律又はこれに基づく条例、規則等の定めがあって、これに基づき、その撤去行為を適正に実施しなければならないのであり、公共用物の管理者あるいは漁港管理者であっても当然に本件鉄レール杭を撤去する権限を有するものとはいえず、そもそも浦安町には、その撤去を命ずる権限がなかったのであるから、それでもなお、緊急避難等に関する民法七二〇条の規定を適用し得る場合があるとしても、それは極めて例外的な場合に限られるというべきであり、河川管理者として本件レール杭を撤去する権限を有する千葉県知事(葛南土木)がサンライズクラブの池内に対してこれを撤去するよう要請していたこと、本件鉄レール杭の撤去作業を開始する前、浦安町が直接池内に対して自発的にこれを撤去するよう勧告・説得したことはなかったこと、船舶の接触・破損事故などの発生を防止するためには、本件鉄レール杭が撤去されるまでの間、浦安町が同町の住民、境川を利用する漁業関係者等に対して取りあえず広報活動によって注意を促し、あるいは航行する船舶を安全な水路に誘導するなどの事故防止措置を講ずることも考えられること、その他ヨット、モーターボートの不法係留や木杭などによる係留施設の不法設置に対して従来有効適切な対策が講じられていなかったことなど、諸般の事情を考慮すると、本件鉄レール杭を強制的に撤去すること以外に、浦安町に適切な事故防止方法が全くなかったとまではいえず、前認定の事実から緊急避難等の成立を認めることはできないといわざるを得ない。」と判示している。

ところで、本件については原審が「本件鉄レール杭はサンライズクラブが無許可で打設したものであり、その打設により境川を航行する船舶の水路を著しく狭めて、船舶の接触破損事故などを起こすおそれがある高度に危険な状態をもたらすものであり、しかもサンライズには、葛南土木からの本件鉄レール杭撤去の要請に応じてその撤去作業を開始する用意もなかったのであって、もしサンライズが予定どおり多数のヨット、ボートを一斉に移動させて本件鉄レール杭に係留することになれば更に一層危険な状態を招いて混乱することが当時の状勢から十分予想されたのであるから控訴人が浦安町の町長として、船舶航行の安全及び住民に対する危険防止の見地から、本件鉄レール杭打設の状態をこのまま放置することは到底できないとして、これを強制的に撤去する措置を講ずるよう葛南土木に強く要請する一方、事が緊急を要するところから、独自の立場で、本件鉄レール杭の強制撤去に踏み切ったことは、その動機・目的等の主観的側面に着目する限り、何ら非難すべきところはなく、むしろ積極的に評価すべきものとさえいうことができる」と判示しているとおり、サンライズクラブの本件鉄レール杭の打設は河川管理者である千葉県知事及び漁業管理者である浦安町の従来からの行政指導に対する不法な挑戦であって、浦安町がこれを看過することは漁港の維持保全及び住民の生命財産を守る義務を怠ることになること、サンライズクラブは、浦安町第二期埋立地高洲地先の川幅四三メートルの境川の河心(右岸から約21.5メートルの地点)及び右側(右岸から約1.5メートルの地点)に長さ一二メートル及び一〇メートルの鉄道レールを約一五メートルの間隔で深さ数メートル、二列の千鳥掛に約一〇〇本、全長約七五〇メートルの範囲にわたって打込み、そのため船舶の航行の可能な水路の範囲は十分浚渫されていない水深の浅い左側だけとなっており、またその現場には照明設備はなく特に夜間及び干潮時に航行する船舶にとっては極めて危険な情況にあったこと、境川を航行する船舶等は約一六〇隻にのぼり交通はかなり頻繁であったこと、サンライズクラブでは千葉県葛南土木事務所からの本件鉄レール杭撤去の要請に応じてその撤去作業を開始する用意がなく、且つ六月七日(本件の撤去の翌日)及び八日に一斉にヨット、ボートを移動して本件鉄レール杭に係留する手筈をしており、七日早朝には現にヨット・ボートの所有者である会員が予定どおり多数集合していたこと、もしヨット・ボートの一斉移動が敢行されたならば更に新たな重大な不法状態が現出し、事後においては原状に回復することは著しく困難であって、この状態を放置すれば船舶の安全航行は確保できないばかりか、船舶の衝突等の事故が生ずる虞は十分にあり、また河川の流水の流下の阻害による洪水、高潮等の災害発生も危惧され、更に河川施設の損傷を招く等の重大な事態が生じ、浦安町が漁港管理者又は地元地方公共団体として十分な管理を怠った責任を追及されることも十分予想されたのである。正に本件の場合は急迫の危難に相当する事態であったということができる。

ところが、原審は緊急避難に関する民法七二〇条の規定の適用し得る場合は極めて例外的な場合に限られるとして前記説示のような事情を挙げて、本件鉄レール杭を強制的に撤去すること以外に浦安町に適切な事故防止方法は全くなかったとまでいえないとして緊急避難等の成立を否定している。

しかしながら、原審が挙示する各事情は、いずれも、浦安町が危険をさける方法として強制的撤去を選択した合理性を否定するものとはいい難く、却って前記のように本件鉄レール杭の打設行為は違法性の明白な行為であること。右杭の引抜行為は機械力をもってすれば比較的容易になし得ること。それにより杭打設者に対し不当に高額な損害を与えるものではなかったこと、又直ちに右杭の引き抜きをしなければ、その杭を使用して多数のヨット、ボートが不法に係留されてしまい原状回復は著しく困難であり、この危険極まりない状態が永続化することにより各種の事故発生が予想されたこと等の事情からすれば直ちに撤去する以外に現実に期待可能な事故防止の方法は全くなかったというべきであるから、浦安町の行った本件鉄レール杭の撤去はやむを得ない緊急避難的措置として許容され違法性を欠くものということができる。してみれば、原審の前記判示は法令の解釈の誤り、また理由不備があるものというべきであって、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすべきことが明らかである。よって、原判決は破棄を免れない。

第二点、第三点<省略>

附帯上告代理人小川彰、同高綱剛、同齋藤和紀の上告理由<省略>

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